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確かにまだ、夏の陽は高かった筈で。サンジが張った陰性結界のせいで陽界の空気が遮蔽されたとしたって、この亜空間が元居た陽界と微妙に重なってる位置取りになってるままな以上、強烈な精気の源である日輪の力、意識して防がぬ限り、そうそう簡単に弱まったりはしないもの。だっていうのに、
“いきなり暗転かよ。”
妙な気配がした。それを囲い込むためにと構えた“亜空”だってのに、サンジがそこへとルフィを同伴させたのへは、さすがに物言いしたくなったものの、そんな暇間さえない加速に乗った急襲を感じ取り、
『チッ。』
物言いも説教も後回しだと、召喚した精霊刀を構えたところ、途轍もない突風が襲い来て、
『うわっ!』
反射的に一瞬だけ視覚を奪われたのが…今にして思えば相手の策だったらしく。こんな子供だましの手にそうそう引っ掛かるものでもない彼らだったが、もしかすると肩に力でも入っていたものか。それとも、ルフィという護衛対象を庇いつつの対応だったことが、無意識のうちに彼らの持つ瞬発力の限度範囲を狭めていたか。余裕で構えていたならば、自分から完全に目を閉じることはなかっただろうに。知らず知らず切迫していたのだろうことを示すよに、ほんの刹那の瞬きの寸暇が、彼を取り巻く世界をすっかりと塗り替えていた。初夏の陽射しがまだまだ明るかったはずの昼下がりはどこへやら、瞬いた間…だと思った刹那に、実は深い眠りに取り込まれでもしたんじゃないかと思ったほど、ゾロが立っていたそこは、宵闇を思わせる闇が垂れ込めた別世界と化していたのだった。
“どっか遠い空間へ転送されたとか?”
虚無海の果てや次界の狭間に飛ばされての迷子になったか?と、一番の危惧が浮かんだものの、それはなかろうと杞憂を払拭。嬉しかないが、すっかりと身に馴染んだ気配が嗅ぎ取れるから、まだ一応は あの聖封の作り出した亜空の中であるらしいと判るせい。サンジの専門は咒による封印や浄化と気配探査で、単純に腕力勝負や体力勝負になったら破邪であるゾロの圧勝だろうけど、生来の素養とその後の修養とで得た途轍もない咒力から成る代物、彼の張った結界からたやすく逃れることはまずは出来まいと、癪だが重々判ってもいるゾロだったから。よって、元いた次界空間からどこか別の空間へ飛ばされたなどという恐れはないと断言出来る。ただ、
―― この亜空を囲う障壁内に限っての、輻輳位相を作り出せるなら。
お馴染みの“合(ごう)”を使った隠れ家を、この空間内のどこかへポケットのように作って身を隠してしまわれると、端から端まで丹念に浚わねば隠れた身を燻り出せず、なかなかに骨の要ることにもなろうし。そんな空間内でだけは、自在に咒を使いこなしての存分な戦いようだって出来るに違いない。陽体固化なんてな“性質変換”の咒が使えるならば、結界がらみな空間の扱いに長けている可能性も大いにあって。判りやすく言うとドラえ○んのお腹に張りついた“四次元ポケット”のごとく、見た目以上の深さや奥行きがある空間を持ってるとか掘り下げられる相手かも。だとすれば、此処はそんな格好で生み出された落とし穴みたいな空間に違いなく。
「……。」
面倒臭い相手だなと眉間のしわが深くなったものの、
“この鬱陶しい空間の感覚は、あの眉毛が健在だって証拠なんだろしな。”
今の今 身をおいてる位置がどこであれ、サンジの手のひらの中には違いないのだと頭を切り替える。とっとと用向き済まして撤退すりゃあいい。そうまでの能力がある相手だと、癪だが認めざるを得ない手合いが来やがったということだけを肝に命じて、先程召喚した精霊刀、鞘から抜き放つと周囲への気配を探ることへと集中する。連れ込んだ以上、サンジは何にも替えてルフィを護ることを優先するはずで、なので今は彼らを案じている場合ではない。闇を払って血路を開くべく、自分を隔離した何物かを倒すのみ。それがそのまま、もしかして窮地にあるやも知れぬ彼らを救うことにもなるのだから。
“…とはいうものの。”
自分らへと襲い掛かった相手が誰かという見当は、ゾロにも何となくながらついてもいて、
《 こんなところにいたんだ。》
《 邪魔はさせないよ。》
声というのか意識というか。こっちの存在を見つけたと言わんばかりに放たれた“それ”は、忌々しいあの時の小僧に違いなく。彼らをもってしても対処に手古摺ったその上、まんまと取り逃がしたあの時以来、サンジが情報収集に務めた結果、彼らにも薄くはない縁のある、とある大物の名前がちらほらするほどの厄介な相手らしいと判ったばかり。しかも、
“咒の使い手、か。”
戦った経験値も山ほどあるし、それで培った対処法やら耐性やらも多少はあるが、それでもゾロにとっての相性は最悪な手合い。彼だとて生身じゃないのだ、物理的な打撃攻撃しか出来ない訳じゃあない、属性相殺させるだけの咒力を帯びた剣撃だって操れはする。とはいっても、例えば…氷の壁は叩き砕くより高熱浴びせたほうが早く崩せるように、属性的な相性をぶつけた“化学反応”での対処の方が早い。ましてや、そういう能力で力を補填している相手ともなりゃ、打撃攻撃なんざ幾らでも何とでも回避出来るから厄介で。
“せめて、こっちの身が陽体化されてなきゃ…。”
戦いに挑むにあたっての“たら・れば”は好きじゃあないが、そんな弱気を、柄にもなく ふと感じたところへと、
《 こんなところで遊んでていいの?》
いやにくっきりとした、そんな声が立つ。もしかしたらばそれもまた策かも知れないが、真正面の闇の中、ぽわりと浮かんだ姿があって。後ろを取るでなくのそんな小癪な登場をなしたのは、やはり間違いなく、いつぞやの小生意気なチビさんだ。サスペンダーで肩から釣った格好の半ズボンに、踵にトンボのそれのような透き通った翅のついた靴を履き、トルコ帽っぽいツバなし帽子を頭に乗っけたという、そんないで立ちがなかなか似合いの小さな坊やで、
《 知ってるよ? お兄さんは破邪っていうんだろ?》
舌っ足らずな幼い声が楽しげに語る。
《 天聖界の存在で、なのに“合(ごう)”を通過出来て、
他の次界へも干渉出来るほどの力を持ってる。…そうでしょう?》
フツーだったら境界を越えるのがまず無理な話だし、越えれてもそっちで身が解(ほど)けちゃうだけだのにね。滑稽なことのように言うけれど、それが意味することがどれほど悲惨か。それに、
「そんくらいなら、お前にだって出来ようが。」
挑発だとしても乗ってやった訳じゃあない。低い声音で静かに言い返し、だが、刀はまだ体の脇へとだらり下げたままでおれば、こちらがさして焦ってはいないのが伝わったものか、ふ〜んと少々肩透かしを喰ったような顔になってのそれから、
《 お兄さんの大事な坊や、今頃どこで何してるの?》
そんな言いようをする。小さな身は宙に浮かんででもいるものか、軽やかにくるんと回って周囲を見回すような素振りをして見せてから、
《 奇妙なことをしてるよね。お兄さんたちはサ、大きな世界を満たすとっても沢山を守るためなら、たった1つの出来損ないくらい潰していいって考え方をしてんでしょ?》
何かの拍子に暴走した存在や、こちらもたまに現れる…意志もて殺戮を繰り広げようとする残虐な輩をば、その破格の力ゆえ周辺への影響も甚大なことを案じ、相手に有無をも言わせぬまま素早く対処にあたる 所謂“最終任務”が、ゾロとサンジという最上級格の精霊コンビの専任とされた“お役目”には違いなく。
「そんな面倒な小理屈は知らねぇな。」
突き放すように言い返したゾロへ、さして動じないまま、
《 なのに、あんな小さい子を二人掛かりで守ってる。特別な子だからでしょう?》
少年はともすれば楽しげにそんな言い方をし、
《 お兄さんは小理屈云々を振り回すのは苦手みたいだけれどもさ、そういう人は情に厚いんだよね。》
口の重いゾロが何か言い返すのを待ちもせず、畳み掛けるように言葉を継ぐ。
《 あの子を凄い子だって認めたのは後からだ。それが判るより前に、大切扱いしてたってことはサ、そんな理屈なしに大事な子だから、だよね?》
小さな子供が、何かいいこと思いついたと大人に語って聞かせるような。本人だけが楽しいこと、焦らすように引き伸ばしてる様子が聞き手にはまだるっこいばかりな、そんな無邪気な言いようをしていたものが、
《 そんな子が、どっか行っちゃったんだもの。心配だよねぇ?》
口角引っ張り上げての口元だけでの笑い方は、一転して…何とも陰湿なそれでもあったあたり。
“ややこしい小理屈持ち出す奴ぁ、大概これだかんな。”
自分だって腹黒いからこそ、ボクだけがこんな考え方をしてるんじゃあないという煙幕代わり。例えばさっき彼が口にしたような、千のために一を殺す非情な選択なんてな話を持ち出して、誰かのせいだとか自分だけじゃないとか、そういう理屈で相殺させ、自己防衛をする。さすがにそこはゾロにも、嬉しいことではないながら覚えがあるものか、そんなこったろうと思ったとの感触を噛みしめつつ、
「……で?」
言いたいことはそれで全部か?と。翻訳も要らない、端的な言いようで問い返せば。こうまで動じない相手で、しかも…年季を滲ませたそれ、薄っぺらな威嚇じゃあないことを、さすがに拾ったせいだろう、
《 …何だよ、偉そうに。》
ここで初めて、挑発した側が ついのこととてたじろいでいる正直さ。裂帛の気勢を呑んでの重々しい、翡翠の眼差しの鋭さに威嚇されたものだろか、浮かんだ宙にて心持ち後ずさった少年だったが、
《 どんなに威張ったって聞かれない。あの子に逢いたきゃ僕を倒さなきゃね。勿論、僕だってそう簡単に負けたりなんかしないよ?》
くふふと笑った口元へ、小さな拳を両方とも持ち上げると、その姿がふっと掻き消えて。逃げも隠れもしないとまでは言ってない彼だったから、それを指して卑怯とは呼べないし。隠れたは隠れたが、その身がどこかへ消えた訳じゃあない。傍らに従えていた存在があったらしく、その誰かの陰へと回り込んだだけ。見渡せば周囲には、突然現れた人影が幾つかあって、だが、その大半が単なるギミック、擬体だと判る。
“陽体固化、か。”
このゲームに詳しいルフィが傍らにいないので個々の名前までは判らぬながら、イベント会場内のあちこちで見かけたいで立ち風体が多いので、何とはなくのあたりはつけられて。何を固めてこういう型取りとしたものかは、それこそ専門分野だ、判らいでどうするか。大方、此処に集いしゲームファンの煩悩とやら、ただでさえ底無しなところを過熱活性化されていたものが、片っ端から固化されて実体化したというところかと。戦闘態勢に入っていればこその鋭さで断じたゾロだったものの、
“あれだけは別口らしいな。”
少年がまるで自身の楯であるかのように、その背後へと回り込んだ存在だけは、単なる張りぼてではないらしく。それで視界は確保出来ているのか怪しいほど、顔を覆うくらいに髪を伸ばした上背のある男。顔を上げてこちらを見やる気配を示した以上、動ける身ではあるらしい。筋骨隆々という恐持てな見映えではなく、均整が取れた肢体を地味なダークスーツに包んだ地味ないで立ちの男だが、深色の髪を後ろは背中の半ばまで伸ばしているところは、やっぱりどこかで現実離れしてもいると言えて。しゃんとした痩躯であるあたり若いようにも見受けられるが、少年が召喚した存在なのなら、そして自分ら同様に陰界の者ならば、見かけの若さとスキルは関係がない。後ろへ回った坊やが、すとんとその足を地につけての降り立ったのを合図にするかのように、
《 …。》
そのスーツ姿の何者か。こちらへ片足だけ踏み出すと、半身に身構えてのそれから、あまり重いものには縁のなさげな細みの手を突き出して広げて見せる。
「…っ。」
ハッとしたゾロのすぐ眼前。信じられないほど間近な間合いの中へ、一瞬にして飛び込んで来たのは、少年の楯だったはずな その男の姿であり、
「な…っ。」
咒を使った何かを仕掛けて来ると思っていただけに、その唐突さも含め、ギョッとしたのは否めない。だが、そこは手練れだ不覚は取らず、
「封邪退魔、印より滅べ。」
邪気や瘴気の身への浸透をのみ防ぐ、最低限だがこれだけは威力も大きな咒を、一か八かで唱えつつ。こうまでの間合いで、なのに咄嗟に動かせるところが練達の証し。覇気込めた精霊刀をば、迷いない軌跡に乗せ、鋭く振り抜けば。
―― ざん…っと
確かな手ごたえと共に、刃が切り裂いた何かがあって。生々しい血の飛沫や何やが舞い飛びはしなかったそれは、斬ったゾロの足元へどうと倒れ込んだその途端、さっきの男ではなく、周囲に居並ぶ擬体の1つという生気なき正体をあらわにしたのだけれど。
“寸前まではあいつに見えたしな。”
倒れ伏した存在の向こう、依然として向かい合ったままなダークスーツの男は、その立ち位置も変わっていない。ということは、そこいらに立ってた擬体のどれか、何らかの術で自分だと見せかけてこちらへ飛ばしたに違いなく。そして、そんな術ごと斬ることが出来たそのまま、相手の姿が見え続けているゾロだということは、
“咒への耐性、封じられちゃあいないってことか。”
無論、疑い始めりゃキリがない。実は横たわって見ている夢の中なのかもしれないくらい、相手の咒力が桁外れに凄まじい場合だってあろうけれど。だとして、じゃあ こんな風に話しかけての働きかけて来たのはどうしてか。こっちへどうしてもという用向きがあるからに違いなく、その用向きとやらは…その身の自由を奪っただけじゃあ済まぬこと、こちらの意志をこそ屈服させたいからではなかろうか。ならば、もしかして夢幻の中だとしたって、意志や思考まで侭にされるのは何だか癪だと、あのサンジもまた同じように言うに違いない。抵抗することが身を起こしかねないそのくらい、抵抗してやるのも一興だし。それに、
“かけておきゃあ苦もなく捻れる“陽体固化”を、施されてないらしいし。”
精霊刀は陽体には利かない。そして、陰体へ絶大な効果を発揮するのはひとえに…やはり陰体であるゾロ自身の覇気を吸うことで途轍もない威力を放つ武器だから。握った柄から ただの刀以上の躍動を感じる以上、自分は陰体のままであるらしいと、それは確信出来ること。となると、
“こちらを固化させたんじゃあ意味がない何か、相手の側に事情があろうからのこととだってか?”
ま、理屈は後で浚えばいいさねと。対応の仕方が判ったのを功名とし、こちらもやや半身になって足場を固めると、刀の切っ先は中段の“正眼の構え”に据え直し。本気モードにて身構えると、
「さっき何だかくだくだ言ってやがったがな、坊主。」
いかにも骨太でがっつり持ち重りのしそうな拳が握って構えた青白い刃が、周囲の薄闇を圧倒するほど、冷たい光を帯び始める。彼もまた擬体にしか見えぬほど、身じろぎさえしない男の方へと向いたまま、ゾロが持ち出したのは、さっき少年が口にした“大きな世界を満たすとっても沢山を守るためなら、たった1つの出来損ないくらい潰していいって考え方”を指しているのだろう。
「俺らは存在自体が超法規的ってアレなんでな。
誰ぞの下で制御されてる駒じゃねぇ。
組織だってる天世界の仕組みや何やへの従属意識は最初っからねぇさ。」
それを示すかのように、またしても宙を翔るようにして飛んで来た、今度は最初から雄々しき剣士の擬体を…姿が解けて靄(もや)のような存在にまで戻るほどの覇力にて粉砕し、
「ただまあ、ごちゃごちゃと騒がしくなんねぇ方が居心地いいには違いない。天聖界の手に負えないレベルの手合いばかりを割り振ってもらえんのは、雑魚をいちいち相手する無駄も省けて、その方が楽だしな。」
立て続けに滑空してくる、いづれもなかなかの巨体強躯を誇っていよう剛の者らを。右に左にざくざくと薙ぎ払っては、形無きものへ難なく返す。精霊刀の威力は絶大だったし、それを操るゾロの身ごなしもまた、無駄な力みもなければ失速もしない、切れのいい剣舞でも演じているかのような軽やかさ。恰幅のいい剣士を剣ごと引っかけると右へと釣り込み、脇を通る広い背中、そのまま肘にて叩いて送り出し。横を向いたところへ突進して来た次の手合いは、腰を落として やりすごし…たかに見せて、背後へたかだか踵を跳ね上げた回し蹴りにて、来たほうへの後戻りをさせるよう吹っ飛ばし。躊躇なく踏みにじったそやつを越えて向き直ったは、次の手合い。左右から一気に躍りかかって来たものを、こちらはただ1本の刀にて。鞭でも叩きつけるかのように素早い一瞬で、宙にS字を描くよにし、続けざまの連打で格闘家と槍使いとを跳ね飛ばした、破格の練達。そんな彼が、それでもまだ片手間だとでも言いたいか、口にしたお言葉へ、
《 …何が言いたいのサ。》
最初よりは少々打ち沈んだ子供のお声が返って来たので、
「枷もなけりゃあ義理もねぇ。
数え切れない沢山と一つとを天秤にかけるとすりゃあ、
自分の我儘通すって“一”が、
山ほどの有象無象となんて比較にならねぇと自覚するためだけだって話よ。」
暴走してもそれを止めるような枷とか権限とかいうもん、誰も持ってなきゃあ、こっちだって従うつもりは毛頭ねぇしな…と。そんな凶暴なことを胸張って言ってのける破天荒ぶりは、彼の本質が実はあまり変わってはないことを示してもいて。今 当人が言ったそのまま、何も天聖界に従属しているという意識はない。だが、今は…大切なもの、手に入れた。非力でも制覇は出来ぬ、ねじ伏せられぬ、そんな強い“意志”もある。踏みつぶせても自分のものにならないならば、それは制覇したことにはならないと、そんな理屈も知ってしまったから。
《 く…っ。》
まるきり歯が立たぬ傀儡どもへ業を煮やしたということか。少年の息を詰める気配がしたのと同時、今度こその重い存在感が地を蹴って翔ってくる。先程は別の擬体へかぶらせていたその姿。ダークスーツの男が、その痩躯で風を切るよな勢いにて途轍もない加速で接近して来ており、前へとかざした片手が青白い炎をまとっているのは、
「…っ!」
彼だけは何かしら、意志やら生気やらを内包された存在であるものか。自らの意志で咒を扱って、それをゾロへと繰り出さんとしている模様。攻撃咒の威力は、陰体である身にはそれこそ打撃と同じほどの効力を発揮しもし、属性によっては先程上げた“化学反応”レベルの勢いでこちらを侵食しても来るから厄介で。間合いを取るためとはいえ、初めての後ずさりを呈しつつ、
「防結界 御印陣っ。」
顔のすぐ前で刀の柄を持ったままの手で印を切り、防御の咒を唱えれば。そこへ目がけて振り下ろされて来た、相手の細作りの手から吐き出された炎の攻撃が、すんでのところで弾かれての雲散霧消と掻き消えた。まさかの時には使えと、サンジから聞いてあった防御の咒。まさか自分が使おうとはと、それもまた苦々しかったけれど、
“ただの傀儡じゃねぇな、あの黒服。”
不意を突くような瞬殺の攻撃、防がれたと把握したそのまま。まるでその反発のベクトルをバネにと使ったかのような反射のよさで、あっと言う間にその身を引いてもいる切り替えの鋭さよ。そんな判断のままに、その身を軽やかに処せるこなせようは、戦闘に結構な蓄積がある身だと重々伺え。これは気を引き締めたほうがいいかとばかり、男臭くて精悍な面差し、ぎりと引き締め、奥歯を噛みしめる。後足を引いての腰を落とし、刀は再び正眼の構え。分厚い胸板が、強かな腰が、これも強靭な双脚に支えられ、鋼のような趣きのままに静止する。恣意の海の只中に、ぐんぐんと闘気の峰が育っており。静かな制御の中、されどその頂はその尖端をいよいよと鋭く硬化させてゆき。
《 ……。》
その一方で。相手の黒服男もまた、何かしら途轍もない攻勢が来ることを嗅ぎ取ったものか。周囲の闇に輪郭滲ませていたその痩躯、仄かな燐光をまとうことで浮かび上がらせると、何とか覗ける口許を笑みに塗り、その身の側線へと添わせた両の手へ、蒼白い炎を再び呼び起こしている模様。しんと静まった亜空の中、二つの強い戦意が真っ向から向かい合っている。結構な間合いがあるというのに、相手のそれが吐息のように伝わって来るような気がしてならず。
―― ひたりと、その集中の頂が呼吸と同調したその刹那、
待ち構えていたかに思えたゾロが、引いた後足にバネをため、そのまま…足場にした地を砕くかというほどもの蹴り一閃、風に乗るようにして相手への突進を敢行しており。
《 …っ。》
向こうこそ躍りかかろうとでもしていたものか、その出端を挫かれたがための急停止が、単なる制止以上のインパクトでその身の制御を固めている。といっても、それらはほんの瞬きの間という刹那の駆け引き。一気呵成となったこちらが失速すれば、そのまま相手の間合いの中で良いようにされる。それでなくともこちらの手は斬撃しかないし、それは向こうにも織り込み済みに違いなく。まだまだ圧倒していよう冴えを保っている身でありながら、なのにリスクだらけの…捨て身に近い無謀なまでの斬り込みを、わざわざ選んだゾロだったのは。長期戦に運べば咒の使い手の方が有利という、戦いの上での長短をよくよく知っていたからに他ならない。ましてや、こちらは護るものを持つ身。破壊者、若しくは略奪者から襲い掛かられた側である。攻めの手として相手を分散させる戦法は理にかなっている。それへまんまと付き合わされた身としては、逃げたり逃がしたりで再戦を見越す訳には行かぬ。逃げれば追って来てのますます時間を浪費させよう、逃げられては向こうが対している手勢となってあちらの負担を増させることと成りかねぬ。よって、この機に完膚無きまで叩いて倒すしか選択肢はない…と来て。
「哈っっ!!」
野太い怒号も猛々しく、腹の間際に両手で構えた精霊刀、その身ごと思い切り突っ込んでの突き立てんとしたゾロであったのだけれども。
《 …。》
相手もまた、その身こそ固まってもまだ動く意志による何かしら、うっとうしい前髪の陰にて唱えるつもりなのがありありと伝わって来て。肉づきの薄い口許が何かしらを呟くと、黒づくめの痩躯が揺らいで見えるほどもの生気の波動に包まれた。とどめの一撃とさせる気はないとする強烈な咒の気配であり、よくて相打ち、不味けりゃ吹き飛ばされるやもと。この破邪殿には珍しく、決める前から悪いほうの算段まで持ち出したほどもの、切羽詰まった一騎打ち、だったのだけれども。
「二人ともっ、惑わされてはダメっっ!!」
精霊刀による渾身の一撃と、凍るような咒による迎撃と。膨大な力と力が真っ向からかち合うはずだったその狭間へと、唐突に割り込んだ存在があって。さっき、謎の少年を庇うようにとこちらの彼が姿を現した時よりも忽然と、だが、しっかとした存在感を持つ何者か。
《 …っ!?》
「な…っ!」
互いの衝突を制さんとしての無謀な出現は、ゾロと黒服との双方が、相手を蹴散らすことを目的に繰り出していた、ただならぬ攻撃の牙がおびていた威勢までもを一身に受けた…筈なのだけれども。そして、確かに途轍もない反発の力が起きてのこと、
「う…っ。」
接触の衝撃にて数歩分ほど押し返された格好になり、それでも二の太刀が振りかからぬようという用心の構え、身を立て直しての身構えたゾロの視野の先に立っていたのは。見覚えのあり過ぎる存在だったりし。ただし、
「…………え?」
こうまでの修羅場に居合わせること、想定するよな相手ではなかったものだから。ついのこととて、呆気に取られたような、気の抜けた声を発してしまったのも無理はない。片や、
《 チッ!》
いかにも忌々しいという舌打ちの声が聞こえたのと入れ違い。そちらも結構な反動を受けたのだろう、黒スーツの男の陰にいた少年が、なのに…不意にぐらりと地へ倒れ込み、それに気づいた護衛の傀儡が慌てて身を屈めた。そして、
「ルフィっ、おいっ、しっかりしなっ!」
彼がそんな声をかけたその途端、ゾロの視野を…彼を取り巻く空間を覆って垂れ込めていた暗い薄闇が幕を引くよに消え去って。その闇が流れて行った先、するすると淀みを作り、人の形を形成しだす。
《 ちぇっ、もうちょっとだったのに。》
いかにも悪戯失敗というよなトーンで不機嫌そうな声を出すのは、さっきまでゾロと対していた坊主であり、ということは?
「ルフィの身のうちへ一旦は飛び込んだのだけれど。
ままに操れなくて、それで已なく打ったのが今の小芝居。
そうなんでしょう? CP9とかいうグループの坊や。」
そんな仕立ては先にお見通しでしたと。残念でしたと言わんばかりの態度で、姿を見せた坊やとこちらの面々との狭間に立ちはだかったのは、そりゃあ意外なお人であり。へなへなと頽れ落ちた少年の身を掬い上げるようにして抱え上げたサンジの姿と、その腕の中にいるのがルフィだと見て取れたゾロにしてみれば。いきなりのこの場面転換には、空いた口が塞がらない状態となってしまっても、誰も責めたりはしないと思うのだけれど。だって言うのに、
「…ったくよ。」
その大きな肩を落としたのは、自分で何かに気づいたそのうえ、それが何とも落胆を誘うような事実だったからに他ならず。
「何てのか。事情をすべて知っていそうだな、あんた。」
いかにもがっくりしたよな失意に染まったお声は、自分たちへは背中を向けてる、むんと胸を張っての仁王立ちも凛々しい、その、突然の襲来者へと掛けたものであり。
「さっきまでは“りぼん”とかいって名乗ってたが、
今の覇気でやっと判ったぞ。ロビン。あんた、ロビンだなっ!」
……………………はい?
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*ちょっとはビックリしましたか?(苦笑)
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